だまし、罠、密告、裏切り
最初のワイルド•バンチを率いた伝説のアウトロー、ビル•ドゥーリンの行状とその顛末を描いた『シマロン•キッド』。信頼する保安官の助言にしたがって罠にはまったのを皮切りに、裏切られ、だまされ、密告され、罠にはめられてと••••。アウトローの話とは逃亡と相互不信との連続である。その危険とスリルとが、ぬくぬくとした生活(とりあえずの間、なのだが)を、ぼんやりと送るわたしの心をしびれさせてくれるのです。
そこで願うのだ。アウトローがアウトローのままエンド•マークのむこうに逃げ切ってほしいと。うまくいかず正義の銃弾に斃れたとすれば、それはそれでアウトローを全うした見事な最期であり、わたしは大満足だ。捕縛されたとしてもかれには、悔悛の情をみせたり、良識ある生活人になったりしてほしくない。そんな思いのためなのでしょうか、この西部劇のラストに、む?となってしまったのは。
わたしがどう願おうと、どの西部劇中のアウトローも夢みているのだ。最後に一発大勝負をしかけ、見知らぬ土地で真新しい人生を送ることを。ビルも約束を交わしていた。これまでビルの逃亡を手助けしてくれてきた牧場主の娘✳✳✳と。いずれふたりで南米へ旅立つことを。さて死んだと思っていた仲間のひとりが、でっかい列車強盗の話を持ち込んできた。計画は完璧だ。ビルは決行した。
見事にはめられた。仲間はつぎつぎと射殺され、ビルはなんとか先の牧場主のもとへ逃げ込んだ。✳✳✳に「あす早く旅立とう」というや、疲労困憊のビルは眠りに落ちた。ここからがすごい。画面中央でひそひそと話す牧場主と✳✳✳、何やら秘密めかした雰囲気が漂っている。画面のなかで、このふたりだけから照明がだんだん落ちてゆき、とうとうふたりは真っ黒になってしまった。
全身真っ黒となった✳✳✳にカメラがゆっくりと近づいてゆき、その黒焦げの顔をクローズアップでとらえる。これは、怖い。人間の邪悪な深い心理をみせられたようで、あるいは何か不吉なことの予兆であるかのようで••••。夜が明けた。ビルと✳✳✳は馬小屋へ急ぐ。出発をまえにかたく抱き合うふたり。✳✳✳の手がそっと伸びビルの腰から、かれの二丁拳銃を抜きとった。
小屋の板壁のすき間のあちこちからビルに向けられている銃口の数々。小屋の入り口に追っ手の隊長が立っている。ビルはいま、すべてを悟った。厳しい表情のビルに✳✳✳が「違うのよ、話をきいて」。彼女には目もくれず「話すことは何もない」と言い放ち、静かに入り口のほうへ歩を進めるビル、かっこいいですね、このハードボイルドタッチのクールさは。ここでエンドマークを出してほしかった••••。牧場主がビルに、さとすようにいう
「おまえの命を救うにはこうするしかなかった。務めを終え、晴れてふたりで旅立つのだ」「まってるわ」。納得と安堵の表情をみせ、無言でこたえるビル••••そのように、わたしにはみえたのたのだが。これは将来的に約束されたハッピーエンドである。前夜の真っ黒になった牧場主と✳✳✳の場面は主張しているのではないのか、ふたりの当局への通報が密告であり、裏切り行為であると。
それが一転、ビルの生命救助とビルの更生という、ヒューマンなところに落ち着いてしまったのだ••••む?。1952年カラー、バット•ベティカー監督。主演のオーディ・マーフィと、うりふたつな作品。つまり胡椒は小粒でもピリリッと辛いといった(かれは童顔、短躯)切れ味、テンポのよい快作。かれ(オーディとビルの両方)の誠実な人柄を思うと、映画のラストもあれはあれで••••。[記憶のみによる記述のため細部に誤りがあるかもしれません]