しゃべって、晴れ。

おもに古い西部劇のDVDについてのおしゃべりです。

ふるい西部劇やそのほかの視聴DVD、およびそのほかのことなど Ⅴ-3

 

••••神吉三郎訳の『森の生活』が目に入った。すぐに手にとった。去年、岩波と角川の文庫本を読んでいた。前者はたくさんのモノクロ写真入りで目にも楽しい。後者は気取りのないフレンドリーな訳文が魅力だ。前者、岩波の旧版が神吉三郎の訳である。むかし、かれの訳でベーコンの『随想録』を読み、その口調に惹かれ、『森の生活』も読んでみたいと思っていたのだ。だいたい何でも新版のほうが訳も正確で、表現もわかりやすいのが普通だ。一方で、ふるい時代の訳文の持つ、

 

馴染みのない用語や、切り詰めた硬い言い回しには新鮮な感じがある。すっと理解ができず、む?と黙読が停止する。流せず考え込む。そこがいい。改札を出ると古本市の幟がみえた。乗り換え途中にも関わらず、のぞきに行ってしまった。本を増やさない一番は本屋に行かないこと、とよくいう。部屋に物が溜まってゆくのは苦手なので書籍もすぐに処分する。しかし幟をたてられちゃ、いっちゃう。処分しちゃ、また増えるわけだ。できれば部屋には一冊の本もなし、にしたいのに。

 

読み終えた書籍は、皮膚に吹き出た垢のように消し去りたい。読んだ知識や意見は、その都度、こころから洗い流したい。パリの詩人に歌われた赤毛の少女が「痩せた裸のからだに香水も真珠もダイヤもつけずに」たったひとりで街ゆくように、有益な知識も鋭い意見も持たず、さっぱりした心でいきたい。ずっとそう思って来たものだ。子供が書いては消して遊ぶマジックパッドみたいに、ありたいと。そのマジックパッドでさえ使い続けていると、うっすらと落書きした跡がついてくる。

 

わたしの心にも腐った知識や干からびた意見が、重箱の隅の食残しか、お尻の周りの拭き残しみたいに、こびりついているのだ。気色が悪いぜ。セリーヌのちっちゃな女の子たちは、そんなものは、ものともせず「お尻のうんちのかけらなんてへっちゃらよ、いつだって天国さ!」と喚きながら霧と泥の中を飛び跳ねる(こいつら、大胆不敵なまでの超絶夢想家なのだ)。どっぷりと、霧と泥の老境に足をとられているわたしには真似のできない酔狂である。せめて、埃や屑が鬱積した心を、

 

暴風のただ中にさらし「ボロボロの幟のようにはためかしたい」ものだ。心や幟は時を経て襤褸になるが、本の中のふるい時代の言い回しは、今また、ふるいがゆえに目新しさとなって、わたしを楽しませてくれる。神吉三郎の訳文で、む?となった箇所を逐一、岩波の新版と角川版とをたよりに、意味するところがすんなり気持ちに添えるまで、あれこれやっていたら、二カ月もたってしまった。これで細部の字面の意味は何とか理解できた。ここで一息入れて、このあとの楽しみは、

 

ゆっくりと通して読んで、面白いところを面白がるだけだ。この一息は、珍妙な美味しさを誘う、はじめて食べるサラダを前に、個別の野菜を並べ替えたり、あれこれ香辛料をふりかけたりと、自分の好みに味を調え終えて、それを食べる前の小休止だ。ラップをかけておこう。ほかのことをやっている間に味が逃げないように気をつけて。神吉三郎訳でわたしが好きな一行は、例えばこれ。「想像を反発させないほど単純で清潔な食事」。内容の好き嫌いではない(わたしは根っからの、

 

意地汚い大食漢だ。ガリガリの)。「想像を反発させない(させる)」という言い回し。この言葉遣いは読んでいるわたしを強引に立ち止まらせ、突っかかってきて、あれこれとわたしに想像を強要してくるものがある。ほかの訳文では「想像力を損なわない(害しない)ような〜」である。すごく、わかりやすく、まっとうな表現である。この『森の生活』、わたしの魂の初版本は真崎義博訳による宝島社版。(魂の初版本とはある人の用語で、まあその人がはじめて読んだ版、ということ)

 

この流れで、数十年ぶりに真崎義博訳の小説が読みたくなって、先日さっそくネットで探して(本を増やさない一番は、ネットショップを開かないことだよな)取り寄せ、『森の生活』の合間に読んでいたところ、これが

 

 

 

 

ふるい西部劇やそのほかの視聴DVD、およびそのほかのこと Ⅴ-2 

 

••••西部劇の強盗はバンダナ、現代ものだとストッキングだのピエロの仮面だのと趣向を凝らす。親分衆の花会を襲った3人は水中眼鏡に潜水服。これは逃走経路が琵琶湖だから(邦画)。カンザス市の銀行正面で現金輸送車を襲った4人組は、目と口を裂いたゴムの覆面。犬神家のスケキヨみたいで不気味。面白いのは、準備段階からつねにマスクを着用、お互い仲間がどんな奴かわからない。ボスが決めた掟だ。つまり、かれだけは手下3人のことを熟知している。元刑事のかれは、

 

未だに警察内部に通じており、この犯罪常習者3人の情報を入手し、脅しと甘言で強盗仲間に引き込んたのだ。4人は銀行に毎日やって来る花屋の車を偽装すると、花屋が到着する寸前に現金輸送車を急襲。現場が混乱するさなかにやって来た花屋は、即座にあらわれたパトカー数台に取り囲まれた。強盗犯の一員として花屋が捕縛され尋問をされている間に、強盗犯は完全に逃げ切った(まもなく偽装車が発見され、花屋は解放される)。かれらは当座の小遣い金を手にして一旦解散し、

 

ほとぼりが冷めた頃、ボスが3人を呼び寄せることに。この手の話では、さいごは必ず強奪金をめぐっての内ゲバとなる。だが用意周到なボス(マスクの掟も巧妙だ)が、街のチンピラギャングに遅れを取るはずがない。本人もそう思っているだろう。この手下3人が、ジャック•イーラム、リー・ヴァン・クリーフ、ネヴィル•ブランドである。どんな作品であれ、それぞれがおのれの個性的な悪漢ヅラを自信たっぷりに見せびらかしてお見事な、この三悪党の揃い踏みは、たまりません。

 

大悪党気取りだが、とことん踏ん張る度胸も腕っ節も、いまひとつ。その小物ぶりがかれらの魅力なのです。ボスがメキシコから3人に招集をかけた。ところが、まったく想像もしなかった事態が。やってきたのは手下二人と、なんとあの花屋ではないか。花屋はうまく自分が利用されたことに立腹「人をコケにしやがって。探し出し、分け前をもぎ取ってやる」。本筋には絡まない単なる端役だとばかり思っていた(わたしも、ボスも)花屋がまさか逆襲の鬼と化すとは!そしてこの男は、

 

とことんタフで、「ノー•カントリー」の殺し屋のように執念深かった。かれも昔はちょっとしたワルで、裏社会に知り合いがいた。そのあたりからついに、強盗犯の一人にたどり着く。痛めつけ、脅し、ボスの下へ案内させている途中、こいつは本筋と無関係のことで死亡してしまう。花屋はかれのマスクを懐にボスの指定した場所に乗り込んでゆく。度胸も腕っぷしもあり、幸運の女神にも愛され(かれの危機を救う女性も登場)、なんて無敵、なんてハード・ボイルドな花屋なのだ。

 

惜しいのは、後半にマスク着用の場面がないこと。マスクについての掟が、この映画でいちばん興味を引く点だけに。1950年代頃のモノクロ。【これは記憶のみに頼ったおしゃべりです】

 

 

 

 

ふるい西部劇やそのほかの視聴DVD、およびそのほかのこと Ⅴ-1

 

••••ひとりの水夫が謎の美女によろめき、誘われ、罠にはまってしまう。だまし合いと殺し合い。次つぎに関係者が死んでゆき、陰謀のすべてとその首謀者が明らかになると••••。元来わたしは、推理ものをすっきりと理解できたことが一度もない。注意力と想像力との欠如のせいだ。案の定、誰が誰にたいし、何のために、どんな罠を仕掛けているのか、まったくわからなかった。そして、さいごまでめちゃくちゃ面白かった。場面、場面のインパクトが大で筋そっちのけで楽しめたのだ。

 

多用される人物のクローズアップ、意味ありげな、かっこいい台詞、謎と背信とジェラシーに彩られたモノクロ画面。また場面が変化に富んでいる。大洋に浮かぶ大型帆船、野生の小島でのピクニック、闇夜の篝火にタムタムと現地民の踊り。エキゾチックな南洋ものだ。密林を幾艘ものカヌーで滑りゆくと、不意に水中から鰐が頭をもたげて口をあける。太いしめ縄めいた大蛇が水面すれすれを身をくゆらせて往来する。これはもう、れっきとした沼もの、といっていい。うれしくなった。

 

今度は(場面がかわって)、一匹の巨大魚だ。水槽の中を遊泳するさまざまな魚群を背に水族館で密会する男女がいる。二人の表情は疑念と不安でいっぱい。その二人の顔の真横ぴったりに古代魚のように醜怪な顔貌の魚が近寄って来た。カメラが近すぎるため、水槽の囲い枠が見えないことで、醜怪ではあるがどこかとぼけた表情の巨大魚の頭部と男の首と女の首とが同一平面に並んでしまい、何とも奇っ怪な画面だ。1950年代ごろの現代もので、気がつくと舞台はチャイナ・タウンに。

 

「チャプスイ」のネオンが点滅している街並み。コメディ風の裁判があり、ジャズ・バンドのナイトクラブがあり、京劇の上演もある。さいごの場面はテーマパークか何かの中にあるマジック•ミラーの部屋だ(立ち並ぶ無数の鏡に映し出される、同一ポーズをとる無数のブルース・リー。あれだ)。銃撃戦とともにこれまでの謎、罠、陰謀の解明が、倒れてゆく者の口からなされ(まったくわからなかった)、生き残ったのは例の水夫のみ。そのかれが映画の途中でこんな話をする。

 

これまでの人生で見たり体験したりした、この世の醜さや悲惨さを、登場人物各自が語り合うという場面だ。「二匹の鮫がひとつの獲物をめぐり闘いをはじめた。そのうちに二匹の周りには無数の鮫が群がってきた。二匹が流した血におびき寄せられたのだ。そして奴らは誰かれの見境なく襲いかかり、海水はあっという間に奴ら共喰いの血で真っ赤になってしまった。辺りが静まりかえったとき、生き残った鮫は一匹もいなかった」銃撃戦を生き残り、マジック•ミラーの部屋を去る水夫、

 

石像に化したかのようなかれの足取り、その歩みが程なくして完全に止まってしまった。路上で一体の石像と化してしまったかれ。【これは記憶のみに頼ったおしゃべりです】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふるい西部劇やその他のDVDについて Ⅳ-6

 

✳✳をかれの手下3人が留置所から脱出させた時、トム•ホーンも一緒に脱出しようとした。✳✳が「図々しいな。✳✳さん、お願いします、といいな」というと、トムは小馬鹿にしたようにきこえないこともない口調で、そういった。飄々として、ものに動じない態度のトムに、✳✳は思った、こいつ使えるな。手下どもは距離をとった、こいつ何を考えているのかわからない野郎だぜ。✳✳は規律にうるさく、特に個人の勝手な行動は禁止した。

 

手下どもは少々我慢を強いられたに違いない。マイ•ペースのトムは美味いものが欲しくなると単独で強盗、仲間にもお裾分け。✳✳は渋い顔をしたが、仲間は大いに喜んだ。トムは頭も切れた。金銀輸送馬車の襲撃作戦で✳✳が悩んでいると、トムはさっさと鉱山会社に就職、御者になりすます。情報を手に入れ、一味を指揮、見事に襲撃を成功させた。これには✳✳も一目を置かざるを得なくなる。苦々しい思いを抱いたのは✳✳の腹心ミンゴ。その地位を奪われるのが怖かったのだ。

 

トムの✳✳やミンゴにたいする態度はなかなか慇懃無礼であった。強奪金は一括して✳✳だけが知る場所へ保管する、というやり方にもやんわりと疑義を呈した。「それがどうした?」と凄むミンゴに、トム「ボスに万一の事があった時を考えただけさ」。実際このやり方は部下や仲間の不信を招きやすい。『資金源強奪』でこれと同じことをやった北大路欣也は、疑念にかられた川谷拓三からとんでもない窮地に追い込められていた。各地で銀行強盗、列車襲撃と暴れまわった✳✳一味は、

 

悪名いよいよ高まり、全員そろい晴れて賞金首となった。捜索隊の追跡も激しさを増す。とうとう一味のひとりが逃げ切れず命を落とした。✳✳は決心する、さいごに大仕事をひとつして強盗団を解散しよう。その計画中にトムが手を引くと表明した。恋人に急かされたのだ「はやく足を洗って逃げましょう」。トムを信頼するレッドもやめるといいだした。トム「ボス、おれの取り分をくれ」「わかった。明日の早朝みんなで保管場所に行き分配だ」。大仕事が頓挫し苦り切っている✳✳に

 

ミンゴが持ちかけた「奴らをばらし、二人で山分けといこう」「やれるか?トムは凄腕だぜ」「任しておけ」。ミンゴは恐るべきナイフの使い手だ。レッドは何が起きたのかわからないまま、その首を刺し抜かれていた。トムはミンゴの何枚も上手であった。トムの部屋のノブをそっと回しはじめた途端、ミンゴは扉とともに蜂の巣になって吹っ飛んだ。ヤバい、と✳✳は一目散に保管場所にひた走る。強奪金二袋を馬に積んでいると、闇の中からトムがあらわれた。「トム、話し合おう」、

 

あわてる✳✳にトムが「お願いします、トム•ホーンさん、だろう」といい放ち「構えろ。三つ数える。1、2、3•••」。朝日を浴びてゆったりと馬に乗ったトムが町に帰ってきた。もう一頭の背には大袋二つを積み。宿屋の二階からトムの恋人が大きく手を振っている。手を振り返すトム。このときかれはまったく気がついていなかった。どこからともなく騎馬の男どもが、ひとりまたひとりとあらわれ、トムの背後に連なり増えつづけていることに。

 

鏡に向かっている恋人の耳に突如、銃声が••••あわて飛び出てみると、トムは大地に突っ伏していた。取り囲んでいた大勢の男のひとりが「お嬢さん。こいつは先日、馬を盗んだ。西部で馬泥棒は見つかれば即処刑です」。

 

1949年、モノクロ。カート•ニューマン監督『群盗の宿』。[記憶による記述のため細部に誤りの可能性があります]

 

 

 

 

ふるい西部劇やその他のDVDについて Ⅳ-5

 

ホットな夢や企てが激しく沸騰している開拓期の西部。扉の向こうにはいつも死が待ち構えている世界。頼りになるのは銃と馬と才覚。扉を開け、不意に危難が入ってくることも。幸運かもしれない。危難と幸運、見極めが難しい。カンと決断力が不可欠だ。その男が雑貨店の扉を開け、にこやかな笑顔で入って来た時、女店員の○○は大きく目をみはった。奇妙な飾りをした、かれのホルスターに見覚えがあったからだ。彼女は夕方から町の金貸し屋で伝票整理をして生活費を稼いでいる。

 

昨夜、出前のコーヒーだと思い入口を開けると、入ってきたのは覆面の男だった。主人から小袋ひとつの現金を引ったくり「お嬢さん悪いね、せっかくのコーヒーを台無しにして」と姿をくらました。その時、とても奇妙な飾りをした男のホルスターが、○○の目に焼きついてしまった••••。その男✳✳は雑貨店の女が大きく目をみはったのを見逃さなかった、はずだ。そこへ保安官がやって来た。かれの聴取に○○は「覆面で顔つきはわからなかった。でも足を引きずっていたわ」嘘である。

 

✳✳の緊張がとけ笑顔が戻った。西部では荒くれどもに劣らず女たちも尋常でない目論見を持っているのだ。○○の一家は何年も土を耕したが成功しなかった。両親が遺したのは借金だけ。兄二人は鉱山に賭けたがだめだった。採掘権をめぐりひとりは殺され、片方はいまだ行方知らず。○○のかたくなな目論見はこうだ。快適な都での快楽な日々を、いかなる手段をとろうとも手に入れるべし。そして、この目論見達成にとって✳✳はうってつけの男だと、とっさに○○は判断したのだ。

 

単独で強盗できる胆力、保安官を前にしての落ち着き、かれならドでかいことをやって、あっという間にわたしの人生をかえてくれるだろう。笑顔が素敵なのも買いだわ。大当たりだね、この男。二人は程なくしていい仲に。✳✳は世を騒がすモーガン団のひとりだった。規律厳しい一団において、かれは飄々と我が道を貫いた。窮乏生活の折は勝手に単独強盗を働き、仲間に美味いおすそ分けを振る舞ったりもする。モーガンは気分を害したが、仲間は一目おくようになった。

 

頭も冴えた✳✳はボスにかわり奇襲攻撃を指揮、かれの働きで一団は飛躍的に悪名を高めた。それにともない当局の追跡も激化する。逃走中、ついに一団のひとりが命を落とす。○○は✳✳をせかした「はやく足を洗って、新たな土地へ向かいましよう」「よし、ボスと話をつけ、おれのこれまでの取り分をもらってくる。そして、すぐに出発だ」。かれの帰りを待つ間、○○は別天地での新生活を想像し夢心地であった。もっとも、まったく心配がなかったわけではない。分け前をめぐり、

 

ボスと意見が衝突したり、仲間割れが起きたりして、危ない事態にならないとも限らない。でも、腕もたち、機転もきく✳✳のこと、うまくきり抜けることだろう。それどころか混乱に乗じて、強奪金の独り占めに成功するかもしれないわ。早朝、ゆったりと馬に乗って✳✳が帰ってきた。引き連れたもう一頭の背にはでっかい二つの袋。やった!本当に独り占めだわ。○○は窓から大きく手を振ると、鏡に向かい髪をととのえる。突如、外で激しい銃声が••••。走り出た○○が目にしたのは

 

大地に突っ伏した✳✳の姿だった。取り囲んでいた男どものひとりが「お嬢さん、こいつは先日、馬を盗んだ。西部で馬泥棒は命取り。みつかれば、その場で即処刑さ」。カート•ニューマン監督『群盗の宿』。1949年、モノクロ。          

 

[この記述にはいくつかの、記憶違いと意図的改変が含まれています]

 

 

 

ふるい西部劇やその他のDVDについて Ⅳ-4

 

有名すぎて粗筋を語るまでもない『ボヴァリー夫人』、そのジャン•ルノワール版でわたしが大好きな場面は••••ゆったりと浮遊するダリウス・ミヨーの旋律。カメラが澄みきった大気を抜け、広大な田舎の敷地に入ってゆく。葉をつけない枝を繁らせた樹木が等間隔に並んでいて、微妙に揺れるカメラにあわせ、かがやく陽射しのなか、上下左右ゆるやかにうち震えている。首をめぐらすようにカメラが動くので、円形状に並んで映し出される樹木たちは、みんなで輪になって踊りを舞う

 

中東の神秘主義者の集まりにみえてくる。透きとおった空気のまぶしさを画面越しにじっとみつめていると(田舎育ちのわたしには)まじりっ気のない陶酔を幼い頃、思いっきり飲み込んだことがあるような気がしてくるのだ。鶏や羊、それからカメラは画面いっぱいに1頭の母豚を映し出す。そのでっぷりと太った胴体はドでかい航空母艦さながらの貫禄である。その背にはちびっ子10人がゆうに、またがれそう。彼女の腹部には10匹あまりの子豚たちがお乳を求め、ぎゅうぎゅう詰め。

 

これは一枚の絵だ。堂々たる母豚がもつ無尽蔵の生命力と、満腹になるや画面の四角い枠をはみ出して大騒ぎをはじめる子豚どものエネルギーとがみなぎる野良の力強さ。それがこの絵の主題だ。華やかな生活を夢みるエマは田舎暮らしから逃れようと、ボヴァリー氏と結婚した。だがかれは善良なだけの、やはり田舎の、医者にすぎなかった。《ハングリーforラブ》なエマは、子どもの存在も忘れ、道ならぬロマンスに走る。しかし破局は早かった。エマが激しく求めるロマンスの、

 

その高すぎる純度に相手は辟易、尻込みしてしまったのだ。金銭問題もからんで頭が真っ白になるエマ。窓を開け放ち、おのれを宙に投げ捨てようかどうかと身を乗り出すエマ。カメラは窓の外から真正面にエマをとらえる。ここも大好きな場面です。大きな窓枠が画面の四辺にぴったりと一致し、エマの全身(着衣)が隙間なく窓枠に密着している。画布いっぱいに描かれたボヴァリー夫人の肖像画のよう。窓枠はその額縁だ。俗塵の世の窮屈さに押し潰されてしまった女性の懊悩と絶望。

 

「なんて息苦しいの!」が彼女のひっきりなしの口癖だ。内面の危機に瀕するエマを豊かにつつむ彼女の衣服の表は、宗教画の人物がまとうマントのように、深く鋭くよじれ、長々とうねっている。それは彼女の内面が目にみえる形となった襞なのだ。身投げ寸前のエマを押しとどめたのは小間使のフェリシテだ。この、「至福」という名をもつ小娘は年配の色男をつくり、がっぽりと貢がせている。大仰に「わたしがほしいのは、この世の薬なんかじゃない」と口走るエマとは違い、

 

フェリシテにはよく、わかっていた。至福とはこの世のもので、この世の苦しみにはこの世の薬で十分。うまくやりさえすれば《この世は大きな甘いケーキ》だということが。彼女はエマに好色じじいから金をむしり取る方策を伝授する。しかし、どこまでも世俗をわかろうとしないロマンチックなエマは、やり通せない。エマにできるのはひたすらヒステリックに《この世の外ならどこへでも》と、おのれの魂に叫ばせることだけだった。エマはこの世の薬を用い、服毒自殺をした。

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ジャン•ルノワールは1930年代前半、外部からの依頼でモノクロ『ボヴァリー夫人』3時間30分を完成させた。製作社側は満足したが、上映劇場が渋った。90分カットし上映にこぎつける。ジャン•ルノワールいわく「あんなに面白かったのに、あんなにカットされ退屈になってしまった」••••そんなことはないのだ、面白い!

 

 

ふるい西部劇やその他のDVDについてⅣ-2

 

西部の物語は血と金(ゴールド)だ。いろんなやつが、いろんな夢を追ってやって来る。トム•ホーンもそんなひとりだ。頼りになるのは知恵と銃と馬。見知らぬ扉の裏にはいつも死が待ち構えていた。5人組の悪党団を描く『群盗の宿』はこんな語りではじまる。ピカレスク•ロマンふうでわくわくしてきます。人を食ったような言動のトムが、悪党団のなかで成り上がってゆくさまが痛快だ。つまらないことで捕まったトムは(チンケな野郎だなと思っていると実は抜け目がなかった)、

 

強盗団のボス✳✳に取り入り一緒に脱獄。✳✳の手下3人はとぼけた態度のトムをなかなか信用しない。トムは気にする様子もなく飄々たるものだ。でかいヤマを狙う✳✳は個人行動をきつく戒め集団の規律を徹底した。手下どもは少々窮屈だったに違いない。トムは一向に気にせず、単独でちょっとした強盗を企て、みんなにうまいものを食わせたりする。✳✳はトムをさとすが、手下どもはかれに一目を置くようになった。後日、保安官の前で○○という女性がトムの正体を見抜いたが、

 

彼女は知らぬふり(誰にでもみな目論見がある。彼女にもね)。つまり運もトムを応援したのだ。そのうちトムは慇懃無礼な口調で✳✳の話に口をはさみだした。✳✳は平静さを装っていたが、かれの腹心ミンゴは露骨に嫌な顔を。二番手の位置を奪われるのがこわかったのさ。鉱山馬車襲撃の作戦に悩む✳✳を横目に、トムは大胆不敵にも鉱山会社に就職、見事な立ち回りで馬車襲撃を成功させた。つづく列車強盗は✳✳一味の悪名を天下に轟かせ、かれらは晴れて賞金首となった。

 

一味は、しばし解散、新たな隠れ家での再会を約す。強奪した金塊類は一旦✳✳だけが知る場所へ隠しておくことに。これは、安全性は確保できるも、まずい手でもある。猜疑心の強い手下であればボスに不信感を抱くだろう。『資金源強奪』の北大路欣也は同じ状況で同じことをやり、不信感を募らせた川谷拓三から窮地に追い込まれていた。トムも不満がありそうな気配だ。さて一味のひとりが官憲にみつかり射殺された。激しさを増す追跡。隠れ家にトムが恋人○○同伴でやって来た。

 

新しい計画を話す✳✳に「おれはやめる。ここも、じきに危ない。分け前をくれ」。トムを信頼するレッドも手を引いた。✳✳「わかった。明日の朝、分配しよう」。ミンゴが✳✳に持ちかける「奴らをバラし、二人で山分けといこう」。恐るべき使い手、ミンゴのナイフがレッドの首を差し貫いた。扉の取っ手をそっと回すミンゴ。が、トムはミンゴの一枚も二枚も上であった。一撃で扉とともに吹っ飛ぶミンゴ。すぐさま宿を抜け出す✳✳。隠し場所に直行、金塊袋を馬にくくりつける。 

 

闇のなかからトムがあらわれた。「待てトム、話し合おう」「3つ数える。1、2、3••••」 。早朝の大通り、馬に乗ったトムが、金塊袋を積んだ別の馬を引いてゆっくりと凱旋だ。2階の窓から○○が、身を乗り出して手を振る。この時トムはまったく気がついていなかった。騎馬の男がひとり、またひとりと、あちこちからあらわれてトムの背後に増えつづけてゆくのに。旅立ちを前に、○○が喜びに髪を整えていると突如、表で激しい銃声が••••身を震わせ、走り出た○○が目にしたのは、

 

数十人の男どもに囲まれ、大地に突っ伏して息絶えているトムの姿だった。1949年、モノクロ。カート•ニューマン監督。[記憶のみによる記述のため細部に誤りの可能性があります]

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さいごに冒頭の語りに呼応し、✳✳一味の壊滅についての歴史的見解がもっともらしく述べられる。そんなわけで、み終わってから、「絵入り西部開拓史」といったような歴史読本を読んだやうな気になってしまいます。✳✳一味のモデルはモーガン強盗団。どんな手段であれ、華美と豊かさの人生を手に入れるという○○の夢も水の泡。なかなか目論見通りにはゆきません。